2010年、アメリカのブルックヘブン国立研究所(BNL)は、人工の最高温度のギネス世界記録を樹立した。その温度はなんと4兆℃!太陽中心温度の27万倍というから驚きだ。
もしも超高温を手に入れたらどうなるか?陽子と中性子から溶け出たクォークのスープを味わいながら、宇宙誕生の直後を体験することになりそうだ。
■完全液体化する原子
4兆℃をつくるには、まずはBNLが誇る「相対論的重イオン衝突型加速器(RHIC)」という長い名前の装置が必要だ。全周およそ3,800m、直径になおすと約1.2kmの非常に大がかりなRHICは、現時点で世界初・世界唯一の偏極陽子衝突加速器という、これまた長い肩書を持っている。ただし欧州原子核機構(CERN)のLHCが同じ実験をおこなうと世界唯一ではなくなってしまうから、今のうちに叫んでおこう。わがBNCの科学は世界一ィィィ!
RHICには2つの超伝導加速リングがあり、陽子をはじめ金(Au)の原子核までさまざまな粒子を加速できる。100GeV(1,000億電子ボルト!)のエネルギーを与えられた金原子核は、光速の99.996%まで加速され、この速度こそが超高温状態を作り出す原動力となる。
物体は光速に近づくほど質量が増加する。実際に重くなるのではなく計算上の話で、速度のエネルギーが質量に上乗せされると考えれば理解しやすいだろう。光速の99%では356倍相当、光速に達すれば質量は無限大(!)となる。トラックに例えるなら、時速100kmに近づくにつれてどんどん積荷が増えるようなものだから、いくらアクセルを踏み込んでも100km/時に達しない。そのトラックを時速99.996kmに加速するようなものだから、RHICが与えるエネルギーは莫大だ。
このスピードで衝突すると、高温/高圧に耐え切れずに原子核が溶ける。すると、陽子と中性子の中に閉じ込められていた素粒子が流れ出し、クォーク・グルーオン・プラズマ(QGP)ができ上がるのだ。粒子といってもグルーオンは、アップやダウンなどほかのクォークを結びつける糊(のり)のような役割を果たす、質量ゼロのエネルギーだ。同時に、光子も電子と陽電子に生まれ変わる。原子の面影などどこにも残されていない。
QGPは全く粘り気のない状態から完全液体と呼ばれている。ビッグバン関連の書籍の多くは「素粒子のスープ」と表現しているが、粘性のなさを伝えるならスープよりも吸い物の方が妥当だろう。
さて、4兆℃と言われても、人間が蒸発するぐらいのイメージしか湧かない。日常的な温度を挙げてみると、
・タバコ … 850℃
・ガスコンロ … 1,700℃
・アーク溶接 … 4,000~6,000℃
非日常的な温度では、
・地球の中心 … 5,500℃
・太陽の表面 … 6,000℃
・太陽の中心 … 1,500万~1,600万℃
・核融合 … 1億℃以上
水爆でも4億℃前後だから、その1万倍の4兆℃は、人類の領域をはるかに超えた温度と呼べるだろう。
物体には固体・液体・気体の三態があり、固体から液体へ変わる温度を融点、液体から気体は沸点と呼ばれている。水の融点は0℃、沸点は100℃だ。身のまわりの物質の融点と沸点(℃)をみると、電子工作で使われる「はんだ」の主成分スズは232/2,603、鉄なら1,536/2,863、白熱電球のフィラメントにも使われるタングステンでも3,407/5,555だから、金属相手でも4兆℃はムダに熱い。がんばって再現しても、日常生活では何のメリットもなさそうだ。無念。
■燃焼の限界を楽しむ
高温の世界を手軽に楽しむなら、テルミットが良いだろう。酸化鉄か酸化銅、それにアルミニウムがあればおよそ3,000℃を作り出すことができる。設備も機材も要らない原始的な方法だが、燃焼のなかではトップクラスの高温を作り出すことが可能だ。
使い方次第ではあまりに危険温度、排気、発光ともに不健康だから、たとえ少量でも室内でおこなうのはNGだ。
■まとめ
宇宙の誕生・ビッグバンからわずか数十万分の1秒後、宇宙はQGPに満たされた状態だったと考えられている。その様子を再現したRHICは、原始宇宙へのタイムマシンと呼べる装置だ。
ビッグバンを再現できる日は近いのだろうか? もし宇宙をつくったら、素粒子スープでヤケドしないよう、よく冷ましてから観察することにしよう。
(関口 寿/ガリレオワークス)
【関連リンク】
もしも科学シリーズもしも太陽が燃え尽きたら
もしも科学シリーズ巨大台風がやって来たら
もしも、あの人に会えるなら…… 歴史上の人物に一つだけ聞いてみたいこと
もしも超高温を手に入れたらどうなるか?陽子と中性子から溶け出たクォークのスープを味わいながら、宇宙誕生の直後を体験することになりそうだ。
■完全液体化する原子
4兆℃をつくるには、まずはBNLが誇る「相対論的重イオン衝突型加速器(RHIC)」という長い名前の装置が必要だ。全周およそ3,800m、直径になおすと約1.2kmの非常に大がかりなRHICは、現時点で世界初・世界唯一の偏極陽子衝突加速器という、これまた長い肩書を持っている。ただし欧州原子核機構(CERN)のLHCが同じ実験をおこなうと世界唯一ではなくなってしまうから、今のうちに叫んでおこう。わがBNCの科学は世界一ィィィ!
RHICには2つの超伝導加速リングがあり、陽子をはじめ金(Au)の原子核までさまざまな粒子を加速できる。100GeV(1,000億電子ボルト!)のエネルギーを与えられた金原子核は、光速の99.996%まで加速され、この速度こそが超高温状態を作り出す原動力となる。
物体は光速に近づくほど質量が増加する。実際に重くなるのではなく計算上の話で、速度のエネルギーが質量に上乗せされると考えれば理解しやすいだろう。光速の99%では356倍相当、光速に達すれば質量は無限大(!)となる。トラックに例えるなら、時速100kmに近づくにつれてどんどん積荷が増えるようなものだから、いくらアクセルを踏み込んでも100km/時に達しない。そのトラックを時速99.996kmに加速するようなものだから、RHICが与えるエネルギーは莫大だ。
このスピードで衝突すると、高温/高圧に耐え切れずに原子核が溶ける。すると、陽子と中性子の中に閉じ込められていた素粒子が流れ出し、クォーク・グルーオン・プラズマ(QGP)ができ上がるのだ。粒子といってもグルーオンは、アップやダウンなどほかのクォークを結びつける糊(のり)のような役割を果たす、質量ゼロのエネルギーだ。同時に、光子も電子と陽電子に生まれ変わる。原子の面影などどこにも残されていない。
QGPは全く粘り気のない状態から完全液体と呼ばれている。ビッグバン関連の書籍の多くは「素粒子のスープ」と表現しているが、粘性のなさを伝えるならスープよりも吸い物の方が妥当だろう。
さて、4兆℃と言われても、人間が蒸発するぐらいのイメージしか湧かない。日常的な温度を挙げてみると、
・タバコ … 850℃
・ガスコンロ … 1,700℃
・アーク溶接 … 4,000~6,000℃
非日常的な温度では、
・地球の中心 … 5,500℃
・太陽の表面 … 6,000℃
・太陽の中心 … 1,500万~1,600万℃
・核融合 … 1億℃以上
水爆でも4億℃前後だから、その1万倍の4兆℃は、人類の領域をはるかに超えた温度と呼べるだろう。
物体には固体・液体・気体の三態があり、固体から液体へ変わる温度を融点、液体から気体は沸点と呼ばれている。水の融点は0℃、沸点は100℃だ。身のまわりの物質の融点と沸点(℃)をみると、電子工作で使われる「はんだ」の主成分スズは232/2,603、鉄なら1,536/2,863、白熱電球のフィラメントにも使われるタングステンでも3,407/5,555だから、金属相手でも4兆℃はムダに熱い。がんばって再現しても、日常生活では何のメリットもなさそうだ。無念。
■燃焼の限界を楽しむ
高温の世界を手軽に楽しむなら、テルミットが良いだろう。酸化鉄か酸化銅、それにアルミニウムがあればおよそ3,000℃を作り出すことができる。設備も機材も要らない原始的な方法だが、燃焼のなかではトップクラスの高温を作り出すことが可能だ。
使い方次第ではあまりに危険温度、排気、発光ともに不健康だから、たとえ少量でも室内でおこなうのはNGだ。
■まとめ
宇宙の誕生・ビッグバンからわずか数十万分の1秒後、宇宙はQGPに満たされた状態だったと考えられている。その様子を再現したRHICは、原始宇宙へのタイムマシンと呼べる装置だ。
ビッグバンを再現できる日は近いのだろうか? もし宇宙をつくったら、素粒子スープでヤケドしないよう、よく冷ましてから観察することにしよう。
(関口 寿/ガリレオワークス)
【関連リンク】
もしも科学シリーズもしも太陽が燃え尽きたら
もしも科学シリーズ巨大台風がやって来たら
もしも、あの人に会えるなら…… 歴史上の人物に一つだけ聞いてみたいこと