北風が身に染みる季節となった。俳句でも大北風(おおならい)や荒北風(あらきた)と詠まれるように、強風は日本の冬の風物詩でもある。
もしも暴風にさらされたらどうなるのか?プロ野球投手のボールよりも速い風は、木々を根こそぎ倒し、小石で窓ガラスを破壊する。風圧で屋根は吹き飛ばされ、鉄塔をもなぎ倒す。風が吹き続けるかぎり、建物に逃げ込んでも安全な場所など存在しないのだ。
■空飛ぶ電車
最大瞬間風速・世界一は、グアム・アンダーセン空軍基地の秒速105.5m。非公式記録ながらも時速約380kmとケタ外れに速い。日本では1942年・富士山の秒速72.5mが1位で、現在も観測している地点なら高知県・室戸岬の69.8m/秒がトップとなる。どちらも時速250kmを超え、高速道路を走るクルマの2.5倍に匹敵する爆速だ。
気象庁でもちいられる風力階級(ビューフォート風力階級)では、風速に応じて0~12の13階級に分けられている。秒速0.2m以下の風力0は煙がまっすぐ上る状態、5.5~7.9m/sの風力4なら砂ぼこりが立ち落ち葉が宙に舞うなど、起きる現象まで示されている。
風力7(13.9~17.1m/s)では風に向かって歩きにくいなど、大きな被害はないが、8を超えると小枝が折れる、屋根瓦が飛ぶ、木が根こそぎ倒されるなど危険が発生する。32.7m/s以上になると風力12に区分され、甚大な被害が発生すると記されているが、これ以上の区分がないので、現状ではアンダーセン空軍基地も室戸岬も同じランクとして扱われているのだ。
風力階級とは別に、藤田スケール(Fスケール)と呼ばれる尺度がある。測定方法が異なるため単純比較はできないが、風力階級では表せない竜巻やダウンバーストの突風にもちいられている。F0からF5の6段階に分けられ、それぞれの風速と被害を気象庁の資料から抜粋すると、
・F0:秒速17~32m … テレビアンテナが折れる
・F1:秒速33~49m … 屋根瓦が飛ぶ。ガラス窓が割れる
・F2:秒速50~69m … 屋根がはぎ取られる。汽車が脱線する
・F3:秒速70~92m … 住家が倒壊する。汽車が転倒し自動車が飛ばされる
・F4:秒速93~116m … 鉄骨住宅もペシャンコになる
・F5:秒速117~142m … 自動車や列車が飛行する
だ。
ギリギリF2の室戸岬なら、鉄筋コンクリート製のビルに逃げ込めば助かるだろうが、アンダーセン空軍基地では建物ごとつぶされる可能性が高い。F5なら1両あたり30トンもある列車が空を舞うというから、人間などどこまで飛ばされるか分かったものではない。
この暴力的な破壊力は、風速の2乗に比例する風圧から生み出される。風速40m/sが与える力は1平方mあたりに80kgの重りを乗せたのに等しく、木造住宅の壁など容易に破壊する。風速60m/sなら180kg相当となり、風を受ける面積の少ない鉄塔さえなぎ倒す。
たった1m四方に、富士山の記録なら約263kg、アンダーセン空軍基地ではおよそ557kgを乗せたようなものだから、鉄骨住宅すらペシャンコになるのも当たり前だ。
■平原より危険な都会
風速は、高い場所、障害物の多い場所ほど速くなる。1階よりも高層階、見通しの良い草原よりも大都市の方が風速が増すのだ。「べき法則」と呼ばれる式を使うと、疑似的ながらも違う場所の風速が算定できる。
指数を使うので式は省略するが、地上10mで10m/sが吹いたとすると、地上100mに上がると草原なら13.9m/s、大都市では31.6m/sに跳ね上がる。世界一の高さを誇るブルジュ・ハリーファの最上階(621.3m)なら秒速78.82mとなり、富士山の記録を上回る。このとき、1m四方の壁に311kg相当の力が加わるから、高層ビルはつらいよ。
日本では、一般家屋でも地域別に耐風圧力が定められ、それをクリアしないと家を建てることができない。もっとも弱い地域でも風速30m/s、東京なら34m/s、台風の多い沖縄県では46m/sが想定され、それに耐えられない設計では建築基準法に抵触するのだ。
もしもブルジュ・ハリーファを東京の風速34m/sを基準に建てるなら、最上階は約268m/s、音速の0.8倍の風を受ける計算となる。やみくもに強度を高めれば途中で折れてしまうから、揺れて力を受け流すようにビルを設計するのが定番だが、強風のたびに最上階は大シケ状態となってしまう。
風速20mの風を受けると200mクラスのビルは20cm揺れるというから、最上階ではトイレに行くのにも運動神経が問われる。そのため、なるべく高い場所にマス・ダンパーと呼ばれるおもりを設置して、振り子の要領で揺れを打ち消すのが定番だ。
ただし、157mの大阪・クリスタルタワーでさえ屋上に計810トンもの振り子が使われているほどだから、さらに高いビルなら数トン単位のおもりが必要になる。ドバイに建設予定のナキール・タワーは高さ1,400mの予定というから、いったい何トンのマス・ダンパが必要になるのだろうか。吹けよ風、呼べよ嵐。
■まとめ
映画「メリーポピンズ」では、傘を使って風に舞うシーンがあるが、実現できたらさぞかし便利だろう。
ただし風力7でも時速62km、風力12なら120km弱だから、何かにぶつかったらケガでは済まされない。風と共に去りぬにならないよう、安全運転を心がけたい。
(関口 寿/ガリレオワークス)
【関連リンク】
【コラム】もしも科学シリーズ(23):もしもカミナリに打たれたら
【コラム】もしも科学シリーズ(27):もしもタイムマシンを作るなら
【コラム】もしも科学シリーズ(25):もしも絶対零度になったら
もしも暴風にさらされたらどうなるのか?プロ野球投手のボールよりも速い風は、木々を根こそぎ倒し、小石で窓ガラスを破壊する。風圧で屋根は吹き飛ばされ、鉄塔をもなぎ倒す。風が吹き続けるかぎり、建物に逃げ込んでも安全な場所など存在しないのだ。
■空飛ぶ電車
最大瞬間風速・世界一は、グアム・アンダーセン空軍基地の秒速105.5m。非公式記録ながらも時速約380kmとケタ外れに速い。日本では1942年・富士山の秒速72.5mが1位で、現在も観測している地点なら高知県・室戸岬の69.8m/秒がトップとなる。どちらも時速250kmを超え、高速道路を走るクルマの2.5倍に匹敵する爆速だ。
気象庁でもちいられる風力階級(ビューフォート風力階級)では、風速に応じて0~12の13階級に分けられている。秒速0.2m以下の風力0は煙がまっすぐ上る状態、5.5~7.9m/sの風力4なら砂ぼこりが立ち落ち葉が宙に舞うなど、起きる現象まで示されている。
風力7(13.9~17.1m/s)では風に向かって歩きにくいなど、大きな被害はないが、8を超えると小枝が折れる、屋根瓦が飛ぶ、木が根こそぎ倒されるなど危険が発生する。32.7m/s以上になると風力12に区分され、甚大な被害が発生すると記されているが、これ以上の区分がないので、現状ではアンダーセン空軍基地も室戸岬も同じランクとして扱われているのだ。
風力階級とは別に、藤田スケール(Fスケール)と呼ばれる尺度がある。測定方法が異なるため単純比較はできないが、風力階級では表せない竜巻やダウンバーストの突風にもちいられている。F0からF5の6段階に分けられ、それぞれの風速と被害を気象庁の資料から抜粋すると、
・F0:秒速17~32m … テレビアンテナが折れる
・F1:秒速33~49m … 屋根瓦が飛ぶ。ガラス窓が割れる
・F2:秒速50~69m … 屋根がはぎ取られる。汽車が脱線する
・F3:秒速70~92m … 住家が倒壊する。汽車が転倒し自動車が飛ばされる
・F4:秒速93~116m … 鉄骨住宅もペシャンコになる
・F5:秒速117~142m … 自動車や列車が飛行する
だ。
ギリギリF2の室戸岬なら、鉄筋コンクリート製のビルに逃げ込めば助かるだろうが、アンダーセン空軍基地では建物ごとつぶされる可能性が高い。F5なら1両あたり30トンもある列車が空を舞うというから、人間などどこまで飛ばされるか分かったものではない。
この暴力的な破壊力は、風速の2乗に比例する風圧から生み出される。風速40m/sが与える力は1平方mあたりに80kgの重りを乗せたのに等しく、木造住宅の壁など容易に破壊する。風速60m/sなら180kg相当となり、風を受ける面積の少ない鉄塔さえなぎ倒す。
たった1m四方に、富士山の記録なら約263kg、アンダーセン空軍基地ではおよそ557kgを乗せたようなものだから、鉄骨住宅すらペシャンコになるのも当たり前だ。
■平原より危険な都会
風速は、高い場所、障害物の多い場所ほど速くなる。1階よりも高層階、見通しの良い草原よりも大都市の方が風速が増すのだ。「べき法則」と呼ばれる式を使うと、疑似的ながらも違う場所の風速が算定できる。
指数を使うので式は省略するが、地上10mで10m/sが吹いたとすると、地上100mに上がると草原なら13.9m/s、大都市では31.6m/sに跳ね上がる。世界一の高さを誇るブルジュ・ハリーファの最上階(621.3m)なら秒速78.82mとなり、富士山の記録を上回る。このとき、1m四方の壁に311kg相当の力が加わるから、高層ビルはつらいよ。
日本では、一般家屋でも地域別に耐風圧力が定められ、それをクリアしないと家を建てることができない。もっとも弱い地域でも風速30m/s、東京なら34m/s、台風の多い沖縄県では46m/sが想定され、それに耐えられない設計では建築基準法に抵触するのだ。
もしもブルジュ・ハリーファを東京の風速34m/sを基準に建てるなら、最上階は約268m/s、音速の0.8倍の風を受ける計算となる。やみくもに強度を高めれば途中で折れてしまうから、揺れて力を受け流すようにビルを設計するのが定番だが、強風のたびに最上階は大シケ状態となってしまう。
風速20mの風を受けると200mクラスのビルは20cm揺れるというから、最上階ではトイレに行くのにも運動神経が問われる。そのため、なるべく高い場所にマス・ダンパーと呼ばれるおもりを設置して、振り子の要領で揺れを打ち消すのが定番だ。
ただし、157mの大阪・クリスタルタワーでさえ屋上に計810トンもの振り子が使われているほどだから、さらに高いビルなら数トン単位のおもりが必要になる。ドバイに建設予定のナキール・タワーは高さ1,400mの予定というから、いったい何トンのマス・ダンパが必要になるのだろうか。吹けよ風、呼べよ嵐。
■まとめ
映画「メリーポピンズ」では、傘を使って風に舞うシーンがあるが、実現できたらさぞかし便利だろう。
ただし風力7でも時速62km、風力12なら120km弱だから、何かにぶつかったらケガでは済まされない。風と共に去りぬにならないよう、安全運転を心がけたい。
(関口 寿/ガリレオワークス)
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